「EU AI Actは2027年から本格施行される」という説明を見かけることがあります。しかし正確には、条文ごとに適用開始日が異なります。禁止AI慣行は2025年2月から、汎用AIモデルの義務は2025年8月から、すでに適用が始まっています。本稿はEU官報・欧州委員会公式にもとづき、条文構造とAIOへの影響を整理します。

01研究の結論(3行)

EU AI Act(規則2024/1689)は、リスクの大きさに応じて義務を変える「リスクベースアプローチ」を採る、世界初の包括的なAI規制法です。全面施行は一度に来るわけではありません。禁止AI慣行(2025年2月)→GPAI義務(2025年8月)→大部分の規定(2026年8月)→高リスクAI(2027〜2028年)という順で段階適用される点が、実務上の要点です。

AI検索やAI Overviews的な機能への直接適用については、本稿執筆時点で欧州委員会の個別の公式解釈が限定的です。本稿は、確認できる条文の射程とWEBMARKS独自の整理を明確に分けて記述します。

02原典情報

  • 正式名称: Regulation (EU) 2024/1689 of the European Parliament and of the Council of 13 June 2024 laying down harmonised rules on artificial intelligence(通称: AI Act)
  • 採択: 2024年6月13日(欧州議会・EU理事会)
  • 官報公布: 2024年7月12日(Official Journal L, 2024/1689)
  • 発効日: 2024年8月1日(官報公布の20日後)
  • リンク: https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:32024R1689

03条文構造の平易な解説

法律を「研究対象」として読み解く場合、まず理解すべきは条文がどんな設計思想で組み立てられているかです。EU AI Actは、AIシステムを「リスクの大きさ」で4段階に分類し、リスクが大きいほど義務を重くする構造を採っています(出典: 欧州委員会公式)。

  • 禁止AI慣行(unacceptable risk): サブリミナル操作、脆弱性の悪用、社会的スコアリング等が全面禁止されています
  • 高リスクAI(high risk): 生体認証、重要インフラ、教育、雇用、金融、法執行、移民・庇護、司法運営、民主的プロセス等、附属書IIIが列挙する用途が対象です
  • 限定リスク(limited risk): チャットボット等、人と対話するAIシステムや合成コンテンツを生成するAIシステムに、AIであることの識別・表示義務を課します(第50条)
  • 最小リスク(minimal risk): 上記に該当しないAIシステムで、原則として義務は課されません
EU AI Actのリスク階層構造(4段階) 下から最小リスク→限定リスク→高リスク→禁止AI慣行(最上段)の順に積み上げ、リスクが大きいほど義務が重くなるリスクベースアプローチの階層構造を示す図。 STRUCTURE EU AI Actのリスク階層構造(4段階) 最小リスク (原則、義務なし) 1 限定リスク (識別・表示義務/第50条) 2 高リスク (附属書III等が対象) 3 禁止AI慣行 (サブリミナル操作等・全面禁止) 4
EU AI Actのリスク階層構造を4段のピラミッド図で示す図

この4段階に加え、AIモデルそのものを規律する「汎用AI(GPAI)」という章が独立して存在します。ChatGPT・Gemini・Claude・Mistral等、AI検索や対話サービスの基盤となる大規模言語モデルの多くが対象です。GPAIモデルの提供者には、技術文書の整備、著作権方針の要約公開、システミックリスクを持つと分類されたモデルへの追加的なリスク評価が求められます(出典: 欧州委員会公式)。

04主要な発見(データ付き)

条文の適用は、規定ごとに異なる日付で段階的に始まります。原典(EU官報・欧州委員会公式・欧州議会公式)から確認できる日付を整理すると、以下のとおりです。

適用対象適用開始日備考
発効(entry into force)2024年8月1日官報公布(2024年7月12日)の20日後
禁止AI慣行(第5条)2025年2月2日8類型の禁止事項が適用開始
GPAI(汎用AIモデル)義務2025年8月2日ガバナンス体制・罰則規定も同時適用
大部分の規定2026年8月2日一般適用日(出典: 欧州委員会公式)
AI生成コンテンツの識別・表示義務(第50条等)2026年12月2日Digital Omnibus on AIにより延期(当初2026年8月2日)
高リスクAI・単体型(附属書III)2027年12月2日Digital Omnibus on AIにより延期(当初2026年8月2日)
高リスクAI・製品組込型2028年8月2日附属書I対象、機械等の安全部品に組み込まれたAI

出典: EU官報(規則2024/1689)/欧州委員会公式/欧州議会公式(Digital Omnibus on AI)

EU AI Actの適用スケジュール(段階適用) 「2024年8月発効」→「2025年2月禁止AI慣行」→「2025年8月GPAI義務」→「2026年8月大部分の規定」→「2026年12月AI生成コンテンツ識別義務(延期後)」→「2027年12月附属書III高リスク(延期後)」→「2028年8月製品組込型高リスク」の7点を時系列で示す図。 TIMELINE EU AI Actの適用スケジュール(段階適用) 2024年8月1日 発効 2025年2月2日 禁止AI慣行 2025年8月2日 GPAI義務 2026年8月2日 大部分の規定 2026年12月2日 識別義務 (延期後) 2027年12月2日 附属書III 高リスク (延期後) 2028年8月2日 製品組込型 高リスク 識別義務・附属書III高リスクの適用日はDigital Omnibus on AI(2026年6月16日採択)による延期後の日付 出典: EU官報(規則2024/1689)/欧州委員会公式/欧州議会公式
EU AI Actの適用スケジュールを時系列で示す図

この延期を決めたDigital Omnibus on AIは、2026年6月16日に欧州議会本会議で賛成423・反対57・棄権174で採択されました。目的は「AI Act実装の遅延への対応」です。高リスクAIシステム規制の適用延期に加え、中小企業向け規制の簡素化、AI Officeの権限強化等も盛り込まれています(出典: 欧州議会公式)。

「附属書III完全適用の2027年12月2日延期」は、この採択にもとづく事実です。別記事『欧州AIOの構造|EU共通規制と多言語市場を読み解く』『ドイツAI検索市場を読む|Google比率とEU規制の交差点』も、同じ延期を報告しています。

罰則面では、違反類型ごとに上限額が定められています。禁止AI慣行(第5条)違反は、3,500万ユーロまたは全世界年間売上高の7%のいずれか高い方が上限です。中小企業には、これらの上限額・比率のうち低い方が適用されます(出典: EU官報)。この罰則規定は2025年8月2日から適用されています。

05限界と注意点

この規則には、まだ確定していない部分が複数残っています。

  • Digital Omnibus on AIは2026年6月16日に欧州議会本会議で採択されましたが、委任法・実施細則の一部は本稿執筆時点で策定中です(出典: 欧州議会公式)
  • 附属書III(高リスクAIの用途類型)は今後、欧州委員会の委任法によって追加・修正される可能性があります
  • 第50条(AI生成コンテンツの識別・表示義務)が、AI検索の要約機能にどこまで適用されるかについて、本稿執筆時点で欧州委員会による個別の公式解釈を確認できていません
  • 加盟国ごとの国内権限当局の指定状況にはばらつきがあります。アイルランドは2025年9月16日に15機関を指定した一方、ベルギーは本稿執筆時点で指定作業を完了していません(出典: 各国政府公式。詳細は別記事『アイルランドAI検索の制度環境|DPCとEU AI Actの実施体制』『ベルギーから読むEUのAI統治|規制中枢と検索市場』)

条文の射程を「AI検索」や「AIO」に直接読み替える解釈は、本稿執筆時点で欧州委員会の公式見解として確認できていません。次のセクションでは、確認できる条文事実と、当メディア独自の整理を分けて記述します。

06日本市場・実務への示唆

EU AI Actは、EU域内に拠点を持たない企業にも適用される可能性があります。第2条は、EU域内で使用されるAIシステムの提供者・利用者を適用対象に含めています。加えて、EU域外の提供者であっても、AIシステムの出力がEU域内で使用される場合を対象に含めています(出典: EU官報)。

日本企業がAI検索・AIチャットボット関連のサービスをEU向けに提供する場合、次の点を確認する必要があります。

  1. 自社が提供するAIシステムが「汎用AIモデル(GPAI)」に該当するかを確認してください。 該当する場合、2025年8月2日から技術文書整備・著作権方針の要約公開等の義務が適用されています。
  2. チャットボットや対話型AI機能を提供する場合、第50条の識別・表示義務の対象になる可能性を確認してください。 適用開始はDigital Omnibus on AIによる延期後で2026年12月2日です。
  3. 高リスクAIの用途類型(附属書III)に該当するサービスがないか、自社のAI活用領域を棚卸ししてください。 単体型は2027年12月2日、製品組込型は2028年8月2日から義務が本格化します。

この整理は法的助言ではなく、公開されている条文構造の要約です。実際の適用可否は、個別の事業内容にもとづき専門家に確認することをおすすめします。AIOという概念そのものを基礎から押さえたい場合は、別記事『AIOとは何か?SEOとの違い・共通点から始め方まで徹底解説』が参考になります。

07追試・検証の視点(WEBMARKSならこう検証する)

WEBMARKSは、AI検索可視性を診断する自社ツール「aio-scan」を保有しています。第50条(AI生成コンテンツの識別・表示義務)は、2026年12月2日に適用開始となります。その後、Google AI OverviewsやChatGPT検索等のAI検索サービスが、回答内でAI生成である旨の表示をEU向けに変更するかどうかは、実際に観測可能な変化です。

具体的には、同じクエリに対する回答画面を、適用開始の前後でEU圏内IPアドレスと日本国内IPアドレスから比較する設計が考えられます。表示要素の有無・文言の変化を記録すれば、条文の実務上の影響を定点観測できると私たちは考えます。ただし、これはあくまで仮説段階の検証設計であり、実施・結果は別途ご報告します。

08FAQ

Q. EU AI Actは日本企業にも適用されますか?

適用される可能性があります。第2条は、EU域内で使用されるAIシステムの提供者・利用者に加え、EU域外の提供者でもAIシステムの出力がEU域内で使用される場合を対象に含めています(出典: EU官報)。個別の該当可否は専門家への確認をおすすめします。

Q. EU AI Actは2026年8月2日に全面施行されるのですか?

いいえ。2026年8月2日は「大部分の規定」の適用開始日であり、全面施行ではありません。禁止AI慣行(2025年2月2日)とGPAI義務(2025年8月2日)は、すでに適用済みです。高リスクAI(附属書III)は2027年12月2日、製品組込型は2028年8月2日へ延期されています(出典: EU官報、欧州議会公式)。

Q. AI検索サービスのAI Overviewsのような機能も規制対象になりますか?

対話型AIシステムや合成コンテンツ生成AIには、第50条の識別・表示義務(2026年12月2日適用開始)が課されます。AI検索の要約機能がどこまでこれに該当するかについて、本稿執筆時点で欧州委員会の個別の公式見解は確認できていません。私たちはAI生成である旨の表示義務の射程に含まれうると考えていますが、断定はしません。