旅行大手2社が、約7か月の間に相次いでAI連携を発表しました。Booking.comは2025年10月にChatGPT最初期のアプリの1つを、Expediaは2026年5月にClaude連携をそれぞれ公開しています。

両社の公式発表を突き合わせると、観光業界のAI対応が「どこまでをAI側に出し、どこから自社に戻すか」という線引きの問題であることが見えてきます。以下、一次情報の範囲でその設計を読み解きます。

01事例の結論

Booking.comは2025年10月9日、ChatGPT内で宿泊施設を直接閲覧できるアプリを公開しました。同社自身が「ChatGPTで最初期に立ち上げられたアプリの1つ」と説明しています(出典: Booking.com公式)。

ExpediaはClaude連携を2026年5月6日に開始し、5月8日に発表しました(出典: Expedia公式)。同月19日のExplore 2026では、AI機能「Activity Planner」を年内提供予定として発表しています(出典: 同社発表)。

両社に共通するのは、AIプラットフォーム上に自社の在庫・情報を出しつつ、詳細確認と予約は自社サービスへ戻す導線を敷いている点です。

02背景・課題

旅行の計画は、航空券・宿泊・現地アクティビティといった複数の要素を横断しながら比較検討する意思決定プロセスです。

従来、この検討プロセスは複数のサイト・タブを行き来しながら進められてきました。生成AIチャットとの対話の中で旅程が組み立てられる場面が増えるにつれ、旅行事業者にとっての課題は「その会話にどう入り込むか」に移りつつあります。

schema.orgには旅程を表す「TouristTrip」、観光対象を表す「TouristAttraction」という型が用意されています(出典: schema.org公式)。ただしTouristTripは「new(新規)」領域に置かれ、実装フィードバックを募集している段階です(出典: 同)。これらの型がAI検索エンジンの引用選定に直接使われているという公式な説明も、本稿執筆時点で確認できていません。

03施策の詳細

Booking.comとExpediaは、それぞれ異なるタイミング・範囲でAI連携を進めています。

  1. Booking.comの「Agentic AI」施策(2025年10月9日発表): ChatGPTアプリに加え、6つのAI機能を同時に発表しました(内訳は後掲の表・出典: Booking.com公式)。
  2. Expediaの「Explore 2026」施策(2026年5月発表): 5月6日にClaude連携を開始しました。米国の利用者が自然言語でホテル・航空券を検索し、予約はExpediaへ遷移して完了する設計です。5月19日のパートナーカンファレンスでは、自然言語で旅程を組み立てる「Activity Planner」とVrboの自然言語検索を公表しました。いずれも年内の提供予定です(以上、出典: Expedia公式)。

Booking.comが同時発表した6機能の内訳は次のとおりです。

機能役割
Smart Messenger宿泊施設のメッセージ作成支援
Auto-Reply問い合わせへの自動返信
AI Trip Support旅行者向けガイダンス
AI Voice Support音声での問い合わせ対応
AI Rental Helperレンタカー手配の案内
Flight Search Summariesフライト検索結果の要約

(出典: Booking.com公式)

両社に共通する設計は、AIとの対話を「発見・相談のフェーズ」に位置づけ、予約の完了は自社プラットフォームに委ねている点です。ChatGPTやClaudeでの対話から自社サイトへ遷移させる導線は、別記事『ECのAIO事例|エージェントコマース最前線と再現のポイント』で紹介したEC業界の設計とも重なります。

04成果

両社が公表しているのはAI検索での引用実績ではなく、個別機能の運用実績です。観光業界でAI検索経由の引用増加を数値で示した実名事例は、本稿執筆時点で確認できていません。

Smart MessengerとAuto-Replyの初期実験では、パートナー満足度が73%向上しました(出典: Booking.com公式)。従来のメッセージングツールとの比較値です(出典: 同)。宿泊施設向けの業務効率化の成果であり、AI検索での引用増加を示す指標ではない点に注意が必要です。

もう一点、機能ごとに提供範囲が異なることも見落とせません。

機能提供対象(発表時点)
Smart Messenger米国・英国・ニュージーランド・豪州(英語)
AI Trip Support米・英・仏・独・蘭・伊・西・豪・NZ・シンガポール
AI Voice Support英語・ドイツ語(イタリア語・スペイン語はテスト中)

(出典: Booking.com公式)

AI Voice Supportは英語・ドイツ語の電話回線でのみ稼働しており、日本語での提供は本稿執筆時点で確認できていません。海外OTAの発表を自社の前提として読むときは、まず提供国の欄を確認する必要があります。

05再現のためのポイント

OTA2社の設計から、規模を問わず持ち帰れる準備は次の5点です。

  1. 単一のAIプラットフォームに賭けない。ExpediaはClaude連携に加え、Metaとの広告内プランニングのテストも並行して進めています(出典: Expedia公式)。
  2. 「発見フェーズ」と「予約完了フェーズ」を分けて設計する。AIとの対話は入り口であり、最終的な予約導線は自社サイトに残す設計が主流です。自社サイト側に、AIから来た訪問者がすぐ予約できる状態(在庫・料金・空室カレンダーの最新化)を用意しておくことが前提になります。
  3. 旅程・観光対象情報をTouristTrip・TouristAttraction型で機械可読にする。TouristTripなら旅程の構成要素を示すitinerary、想定する旅行者層を示すtouristTypeが起点になります(出典: schema.org公式)。引用選定への効果は未検証ですが、実装コストは低い部類です。
  4. 各機能の対象国・言語を必ず確認する。前掲の表のとおり、同じ企業の発表でも機能ごとに提供範囲が違います。
  5. 国内の旅行者動向も併せて確認する。日本国内の生成AI活用実態は、別記事『観光業界のChatGPT Search対策|旅行計画への入り込み方』で解説しています。

つまずきやすいのは、海外OTAの大規模な投資をそのまま自社の到達目標として設定してしまうことです。個別の宿泊施設や観光事業者に専用アプリを開発する体力はなく、再現すべきは投資額ではなく2の線引きのほうです。

06業界別の応用

OTA(Expedia・Booking.com規模の事業者)は、自社でAIプラットフォームとの連携を主導できる立場にあります。一方、個別の宿泊施設・ツアー会社は、まず自社サイトの構造化データ整備から着手する方が現実的です。

DMO(観光地域づくり法人)・自治体は、個別施設よりも地域全体の情報を横断的に整備する役割を担います。地域の観光情報をまとめて機械可読に示すことが、個別事業者への波及効果を持つと考えられます。

航空・鉄道など交通事業者は、在庫が座席・便という形で厳密に管理される点で宿泊とは前提が異なります。本記事の事例は宿泊・旅程計画が中心のため、交通事業者への当てはめには留保が必要です(交通事業者に特化した公開事例は本稿執筆時点で未確認)。

07FAQ

Q. OTAに在庫を預けている施設は、自社サイトのAI対応まで必要ですか?

必要です。ExpediaもBooking.comも、AIとの対話の先は自社サイトへ戻す設計を取っています。同じ構造は施設単位でも起きます。OTA経由の露出とは別に、自社サイトの構造化データ整備とAIクローラーを妨げていないかの確認は行っておくことをおすすめします。

Q. ExpediaのClaude連携やBooking.comのChatGPTアプリは、日本の事業者も使えますか?

本稿で紹介した機能の多くは、対象国・言語が限定されています。ExpediaのClaude連携は本稿執筆時点で米国利用者向けです。日本語対応の状況は、各社の公式発表を継続的に確認することをおすすめします。

Q. 日本国内の旅行者は、実際にどれくらいAIを使っていますか?

国内の生成AI活用実態は、別記事『観光業界のChatGPT Search対策|旅行計画への入り込み方』で紹介するJTB総合研究所の調査データが参考になります。本記事で扱った海外OTAの事例と併せて確認することをおすすめします。